いつの間にかお昼がとっくに過ぎていた、船を悪石島の南西の静かな入り江を見付けてその中央付近に船首からアンカーを入れる、深さは7メートル前後はあるだろうか、海底の小魚が手に取る様に見えるほど透明度が高い、水温が23度と泳ぐには冷たい温度だ。
 釣れたカツオを1匹選んで3枚におろし刺身に切りわけ皿に盛り付けてゆく、他の2人はテーブルと椅子を用意、テーブルに缶ビール、小皿、お箸、調味料など揃える、早速頂くことにする、予想以上にスマカツオは美味い、冷えたビールが喉に浸みる、これぞクルージングの醍醐味、至福のひと時だ、一番小さい魚を選んだのに3人でも食べきれない。

 残った5匹のカツオを3枚におろし切り身にしてラップに包み冷蔵庫に収納する、そうしないと冷蔵庫に収まらない、『目に青葉山ほととぎす初鰹』と春を連れてくる旬の魚として関東では珍重されるが大阪湾と瀬戸内海に鰹は入ってこない、四国高知の漁師は毎年春になると鰹で大儲けしているのが瀬戸内の漁師は羨ましくて仕方が無い、そこで考えたのがイボダイ科の魚を『マナガツオ』真名鰹と名付けて売り出した、いかにもこっちの方が本物と言わんばかりだ、その魚の顔はどう見てもエイリアンの顔だ、食品偽装の草分けかと思いきや、しかしその『マナガツオ』はその顔に似合わず味は抜群に美味で、煮付け、塩焼き、刺身と何にでもなるのでこちらの方が真の鰹かもしれないが人気はいまいちだ。

 午後3時になったのでそろそろ宝島に行く事にする、船首のアンカーを上げる、船首アンカーはウインドラスが付いているのでスイッチを入れるだけで自動で上がってくる、エンジンを掛ける爆音が島にあたってこだまして帰ってくる、シフトレバーを前に倒す、船が静かに滑りだす。
さあ、いよいよ最後の島『宝島』だ、海賊の財宝が隠されている夢とロマンに満ちた謎の島まであと少しだ。

 宝島が近付きもう一度港の入口をGPSで確認する、この港も『フェリーとしま』が入港する港だ、港の位置は島の北側にあり北側を覆うように高い防波堤が東に約50メートル延びている、その防波堤の壁一面に海のいろいろな魚の絵が壁いっぱいに描かれている、その付き当たりを南に入ると漁船専用の港がある、近くには魚協の建物、村役場、宝島郵便局などがまとまって建っている、フェリーの岸壁に喫茶店らしい建物があるが開けるのは夏だけらしい。
 宝探しツアーをネットで募集して島の活性化を図ってもらいたい、いっそのこと島全部買ってしまえば隠した財宝は誰の物なのだ・・・。
 南の奥に漁船が2隻停まっていた、登録記号からどちらも鹿児島の船と分かる、船首に書いている船名は『寿丸』と『前島丸』と読める。魚が大量に採れた時は漁師同士が連絡に使用する漁業無線で魚が高値で売れる所をキャッチして氷に浸けた魚を徹夜で鹿児島や大分にまでも持って行って売るそうだ、まるで海のジプシーの様な暮らしだ。

 漁船の多くは『○○丸』と丸が付く船が多いがレジャー船は特にヨットは横文字が多い、友達の船はすべて横文字だった、『シーガル』『アルテミス』『アンタレス』『モビーデック』『ピンクパンサー』など、変わったものでは『NEFUNOREO』どう言う意味だと聞くと反対側から読んでくれ、と言われて読むと『俺の船』だった、東京都知事の石原慎太郎が若い頃弟の裕次郎と乗っていた『コンテっサ』は湘南では有名だ、加山雄三の光進丸と森繁久彌のふじやま丸は何故か日本名だ、ふじやま丸は森繁久彌が若いころ西宮に置いていた大きい船だった、台風で舫いロープが切れ対岸に流され岸壁にぶつかりバラバラに壊れた、彼は壊れる寸前に船から逃れて助かっている、そもそも「丸」の意味は物事すべて丸く収まる様にと願ったことが始まりらしい。

 北側の岸壁が空いていたので右舷側を接岸してもやいロープを取る、外海のうねりもここまでは届かない、日が暮れても港の水銀灯の明りがここまで届くので港全体の様子が解かる、対岸に子供を連れた親子と思われる二人が、あっちだ、こっちだと忙しく動いている、見ると手には数匹のトビウオを握りしめている、魚に追われて飛んで来たのを拾い集めているのだという、魚が拾える港も珍しい。
 2隻の漁船の船頭が酒を酌み交わしているのを見付けて種子島で仕入れた黒糖焼酎を提げて挨拶に行く、こういう事も港の習わしだ、海の男の気質は皆一緒という共通する心をもっている、『助けられたり、助けたり』はお互い様だ、一晩一緒に飲み明かしても名前も聞かない、○○丸の船長で認識している、海の男同志の付き合いは地位や肩書を脱ぎ棄てて初めて心が通じ合えるのだ。

 飲み始めたら急に人が増えてきた、暗くてよく見えなかったが他にも漁船が居たらしい、この船のデッキの広さはせいぜい畳2枚程だ、少々手狭になって来たので場所をサンフイッシュ号に移すことにした、船に若い娘が居ると言うと一斉に気合いが入って動き始めた、いつの間にか人数がこちらの3人を入れると8名に増えていた、キャピンのテーブルについ先程釣ったスマガツオの皿が並ぶ、決まってこんな時は情報交換が始まる、釣りの仕掛けの事、針の色、形、魚の釣れそうな場所、魚は何処が高く売れる、などなど船頭それぞれ自分のポリシーを持っているので話に熱を帯びる、みんな自分のやっている方法がベストだと思っている、彼らには生活が掛っているから当然だ。

 だんだん酒が廻るほどに地方の方言が飛び交うので喋ってる言葉の意味が解からなくなってくる、鹿児島の船頭が芋焼酎と黒糖焼酎とで議論していたので船に積んであったキューバのラム酒を二人に奨めてみた、原料は同じ砂糖黍の蒸留酒である、二人はひとくち口にするとすぐ不快と当惑の表情を示した、バカルディの8年物でけっして安物では無いのだが・・・やはり彼らの味覚に合わない様だ。ラムは原料は同じ砂糖黍でも(アプリコット)(ナツメグ)(バ二ラ)などを香辛料に使った酒で、彼らはそれよりもっともピュアーな酒を好んでいたのだと思い知らされた、余計な気使いだったと反省させられた。日付が変わる頃、千鳥足で自分の船にそれぞれ帰って行った、誰一人として名前を聞かないままに。

 翌朝、目が覚めたらすっかり周囲が明るくなっていた、漁師たちはすでに港を出た後だった、今日再びここに来るかどうかは釣れる魚次第だ、釣れなくても釣れる場所に移動するし、大量に釣れても人口の多い魚が捌ける所へ移動するジプシーの様な暮らしなのだ。
 折角宝島に来たのだから今日は一日島を散策、いや探検してあわよくば財宝を見付けて、明日いよいよ最後の目的地の奄美大島にゴールしょうと決まった。
今日は島の誰かと出会いたいものだ、島の大きさが昨日の中之島の三分の一しかない島に種子島で買ったガイト゛ブックには人が128名も住んでいると記載されている。