前方の種子島がぐんぐん迫ってくる、先端まで5マイルもないだろう、この時スピードの異変に気が付いた、エンジンの回転数は落ちていないのに速度が遅くなった、GPSの速度を見ると10ノットしか出ていないエンジンの温度計、油圧計にも異常は無い、周囲の様子から見て解かったのは種子島の先端付近の潮流が5ノットも流れていて船を押し戻す力が働いていたのだ、西之表漁港はもうすぐだ、南北に1.5キロも伸びる長い防波堤の内側に入ると潮流から解放された、船は急にスピードを増す、防波堤の南の外れが西之表港だ、鹿児島からの高速艇もこの港に入る、港の入り口でスロットルレバーを戻し速度を落とし左に舵を切る、ここから先はハンドルから手を離し着岸を完了するまでハンドルには触らない、操縦は左右のプロペラの操作によって行う、船底のキールを中心に左右に振り分けてエンジンが取り付けてありプロペラも左右のエンジンに付いて居て左右結構離れている、右のプロペラだけを回すと船は左にターンする、左のプロぺラだけを回すと船は右にターンする、前進をするには左右同時に回せば前進を続けるのだ、したがってハンドルを全く使わないでも船を操船出来る、それがツインエンジンの特徴だ。

 港に入って船を完全に止め周囲の状況を確認する、正面の岸壁が空いてそうだ、更に近付ける、右舷側を着岸することを2人に指示する、2人のクルーは岸壁の高さに合わせて舷側を傷付けないようフェンダーを数か所に装着し船首と船尾にロープを結びロープの端を持って岸壁に降りる、生憎岸壁にビットの設備が見当たらないので街路樹の根元にロープを結ぶ、都合よく前にガソリンスタンドがある、道路を隔てたガソリンスタンドまで50メートルもない距離だ、スタンドに行き、店長らしい人に、軽油を免税扱いで1500リットルは入ると思う、前の岸壁に明日まで船を止めて置いてもよいか、水を200リットル貰えるか、との話をする、彼は小走りに事務所に戻りどこかに電話を掛けていたがすぐ出てきて『すぐにタンクローリーを来させますから少しお待ち下さい』と言った、船に引き返し皆にそれを伝えて船からすべてのポリ容器をリレーで岸壁にを並べていく、まず20リットルの容器5個を持って水を貰いに行く、1回往復して100リットルだ、300リットル入るだろうからこれを3回往復しなければならず、正直うんざりしていたら『軽トラ使って下さい』と言われてとても嬉しかった。右舷側には給油口と給水口とがあり赤字で大きくdieselとwaterと書いてあるので間違う事はない、まもなくローリーが来て給油してくれた。 予備の燃料としてポリ容器10個200リットルはデッキにロープで動かないように固定する、軽油は合計1500リットル給油した、船の重量が液体で2トンも重くなった、当然船の速度は船が重くなるだけ顕著に遅くなる。

 給油が終わったらすでに12時を過ぎていた、食事をする所をスタンドで尋ねたら近くのお食事処『平成』を教えてくれた、すでにお昼を過ぎていたのでお店は空いていた、今日のお勧めを聞くと、活けのハマチ、カマスとトビウオの干物がおいしいと言うので全部注文する、出てきた干物は格別に美味しかったが掛けた醤油が甘いので女将にその事言うと『ア、本州の方ね』とキッコーマン醤油を持ってきて呉れた、南に下がるほどに調味料も変わってくるのだと思った。
棚に並んでいる酒瓶に目をやると見覚えのあるラベルの瓶が一本もない、しかも蒸留酒だ、醸造酒が見当たらない、酒もこんなに違うのだ。
 買い物をするのでスーパーの場所を聞いて店を出る、通りの観光物産センターにお土産用に袋入りの干物が所狭しと台の上に並んでいた、この港はフェリーと高速艇の発着港なのでホテル、旅館の看板も結構目に付く。スーパーで買い物を済ませ3人が手に手にビニール袋を提げて船に戻る、生鮮野菜、パン類、卵類は冷蔵庫に入れる。

 種子島を出発するのは明日の朝と決めて、この船の上から釣りをしようということになり近くの釣り具店でアジ釣り用のサビキセットを2つ、4号テグス1巻き、オキアミ1個、5号重り2つを仕入れてきて船の上から釣ってみる、5〜6センチの小アジが面白いほど釣れる、仕掛けに付いた6つの針に全部釣れることもある、たちまちポリバケツの底が魚で見えなくなる、仕掛け2つを三人で交代するがそれでも結構忙しく疲れるものだ、そのうち2人の口から同時に『から揚げにして食べよう』と言い出した。
 デッキに折りたたみテーブルを出してその上にカセットコンロ、フライパンを用意する、調理は3人が手分けしてすることになった、魚の頭を取り背開きにし腸を取る、これは経験豊富な私の担当、包丁を持たせれば鮨屋の見習いよりよっぽど早い、包丁には自信がある、とき卵に開いたアジをくぐらせ天ぷら粉をまぶすのは里子担当、揚げ担当は最後の仕上げにこだわる杉中に任せる。ペーパータオルを敷いた大皿に揚げ立てのから揚げが盛り上がってゆく、味付けは味塩を振っただけの熱々をほおばる、これは最高にグルメだ、この夜は遅くまでここまでの旅の出来事を振り返りかえり明日から始まる旅の期待に話が弾んだ、兵庫県を出発して大阪府、徳島県、高知県、宮崎県、今日は鹿児島県まで来ているのだ。
 近くのスタンドが閉店し照明がすべて消えると急に周囲が暗くなり夜の空にはこんなに星が多かったのだとみんなで大阪では決して見られない夜空を見上げる。