奄美まで一緒に行ってくれる一人が杉中洋成と言う青年だ、彼は5年前私の教室に船舶免許の受講生として来た生徒の一人だった。彼は決まった仕事はしておらずバイトを転転として居るという。希望は海で何か仕事がしたいと口癖のように話していた人懐こい青年だった。
彼はよほど教室の雰囲気が気に入ったのか日増しに教室に長居をするようになり講義の無い日でも教室に来るようになった。私たち家族で夕食を囲む時間にも当たり前のよう其処に居る憎めない青年だ。その後暫くは教習所の手伝いや今回奄美に乗って行く船のクルーなどをしてくれていたが“僕は将来外国でメガヨットで働くのが夢なんです”と冬の木枯らしから逃げるように日本から居なくなった。

 ボート教室に通っていた時教材と一緒にボロボロの英字辞書をいつも携えていた、これから世界で一番必要になるのは英語ですよ、と彼は言っていた。なんと彼は英字辞書一冊だけでいつの間にか世界に通用する英語をマスターしていたのである。まさに実践躬行をやりぬいた称賛に値する日本人だと思った。なせば成る何事も、を証明してくれた様に思えた。 その彼が船出の数日前にフロリダでの契約期間が切れたので、とアメリカからひょっこり帰って来たのである、なんというタイミングの良さであろうか、彼も即座に奄美行きを快く承知してくれた。渡りに船とは正にこのことう言うのであろうか。

 もう一人の同乗者が里子という女性で私の親戚筋の娘で事務所の事務員の一人、こんな旅行は滅多に出来ないと喜んで参加を希望した旅行大好き娘、現在彼氏募集中である。以上奄美大島までの同行者は私を入れて合計3名である。

 バブルの時には嘘のような高価な物が高額の物から順に売れていった。新しく出来たヨットハーバーの会員権を300万で募集して売れなかったものが600万に値上げしたら即完売したのもこの頃だった。購入したマンションが2年で購入した価格の2倍で買い戻しますという話もあった。

 自信と虚栄に支配され始めると人間は気持ちが昂揚し熱病に侵されたように暴走を始めるようだ、そのころ『こんな話はおかしい』とか『これは間違ってる』と事の成り行きを誰一人として冷静に考えなかった。
人は誰もがマイナス志向に物事を考えるのがイヤなのである。人々は金銭感覚が麻痺してしまってブレーキが利かなくなるらしい。
 それが世の中が不景気になると当然であるが贅沢なものが淘汰され始める。ヨットハーバーに係留されている高額のヨットやモーターボートが次々にヨットハーバーから姿を消していった。